リスクの回避 それが保険

リスク(risk)とは予測できない危険を意味する。
人が生きていく中で、様々なリスクにあってしまう。 しかし、ある程度予想できるリスクは回避しながら生きていきたいものである。

今回は私が学生であり、来年から社会人になると言う事もあり、学生から社会に貢献する人、つまり社会人になる門である就職活動に関する事について述べる。

近年、就職活動において、各企業は門の広さをアピールしている。
「学歴不問」こんな事を言っていても、実際にいるいわゆる大手企業の内定者は高学歴である。
就職活動で、「採用実績校に一流大学しか無いじゃないですか」と人事に聞いても、「それは人物重視で採用活動を行った結果」と言う。
確かにそうかもしれない。 しかし、そうで無いかもしれない。
東京大学出身です」と言われたら、私は第一印象では「すげ〜」と思う。 人事も同じように思うと思う。

政治家も、企業の社長も良く見れば一流大学出身者ばかりである。 それは、そのような地位の人は経歴を公表するため、高学歴だと泊が付くからかもしれないが、それは極少数であろう。 やはり、高学歴の人は良い人材が多いのであろう。

就職活動では人物重視と言っておきながら、面接は3〜4回程度しかない。 1回10分程度の面接を4回行ったところで、その人の何が分かるのか。 もしかしたら、面接だけでは都合の良い事を言っていて、本当は仕事の全然できない人間かもしれないというリスクを人事は背負っている。 そのリスクを最小限に抑えるために良い人材のパーセンテージが高い高学歴の人を採用するのであろう。 当然「学歴」が全てではないが、今の社会において「学歴」は大きなウェートを占めている。

このような現実に就職活動の時期になって、あたかも「学歴社会」が就職活動前に出現し壁となって、自分の道を遮っていると勘違いしてしまう人が、学歴社会に泣く人である。 良く考えてみれば、父親の就職活動の時代も、少なからず学歴が重視される時代だった。 その子どもが、学歴社会を知らなかったはずは無いのだ。 少なくとも私が生まれる前から学歴社会は存在していたのだ。 20年以上も対策ができた事を、就職活動のちょっと前に対応しても無理に決まっている。 つまり、学歴社会はリスクでは無かったのだ。 対策方法は学校の勉強をする事であったのだ。

しかし、当然、一流大学を出て、一流企業で働く事が必ず幸せになれるとは限らない。
自分のやりたい事を見つけ、自分のやりたい事ができて、将来普通の暮らしができ、食べていける仕事ができるのならば、それが一番良い事だと私は個人的にはそう思う。 そういう人達の「社会」には学歴ではなく、本当の実力が大きなウェートを占めるだろう。 そのように何かをずっとやり続けられる事を見つけられる人は、そう多くなく、生半可な気持ちではやっていけない事も事実であり、本当の実力社会はリスクでもあるだろう。

何をもって幸せとするかは様々な意見があるだろうが、一流大学を出て、一流企業で働く事で、「普通の暮らし」ができる保証はほぼ100%あると思う。 いわゆる食いっぱぐれの可能性は極めて低い。 これがリスク回避なんじゃないだろうか。

このような、予想しうるリスクを回避するためのものが保険なのであろう。 つまり、学歴も一種の保険なのでは無いだろうか。

最後にもう一度言うが、保険に入っていれば、どんな危険な事もやって良いと言うわけではないのと同じように、学歴が全てではない。 しかし、学歴も保険も持っていて損はしないものであると思う。

では また いつか